碧き波の彼方に 第五話

瀬戸内海を望む地方都市で慎ましく暮らす玲奈は初めての妊娠に戸惑いとときめきを感じながら過ごしていた。彼女の身にふりかかる運命とは。そしてベテランの産婦人科医鹿取祐輔は玲奈に対して何ができるのか。“産まれる”というあたりまえの出来事をとりまくそれぞれの運命を語る。

碧き波の彼方に

第五話

祐輔は浦沢教授に小林孝彦から受けた連絡内容について報告をした。最終的な受け入れ先が大学の関連病院とはいえ、母体死亡の転機となったのは個人開業医であり即座に大学に対しての何らかの影響があるとは思えないが、母体死亡という現実がどのように波及してくるかは未知数だった。詳細がわかった上での報告でも良いかと思われたが、医局には古くから「ほうれんそう」というしきたりがあり、取り急ぎ一報した。ほうれんそうとは、報告、連絡、相談を逐次行うことであり、医局は完全なるトップダウンの組織のため、致し方ない現実ではあった。

報告が終わり時計をみると21時45分だった。息子の祐司の塾が22時に終わるため、祐輔は昨夜からの当直用の鞄を掴むと駐車場へと急いだ。

祐輔への電話を済ませた直後、小林の院内PHSが鳴った。液晶画面には院長室の文字が浮かんでいた。一人の妊婦が分娩時の出血でショック状態に陥り救急搬送にて運び込まれたが救命できなかった、という出来事はすでに院長室へ報告されていた。といってもすべての死亡例が即座に院長の耳に入る訳ではない。病院はある意味で死に場所であり、相当な数の人が病院で死亡する。自宅での看取りということもあるだろうが、そのような事例でも最終的な段階になると家族が動転して救急搬送されることもあるのが現実だった。そのため我が国では未だにほとんどの人が病院死を迎えると言えた。すべての死亡を院長に報告していたら大病院では大変なことになるだろう。しかし、今回の場合は全く別の話になる。

「鹿取先生、すまんな。救命に搬送された向井優奈さんのことを詳しく聞きたくてね。今からでも院長室に来てくれないか」

「わかりました」と返事をすると、今日はそうなるだろうなと思っていたが、小林は溜め息を大きくついて院長室に向かった。

院長室は事務系の部署がある2階のフロアの奧にあった。医事課、施設課、総務課といった事務組織のある広いフロアの奧に会議室と事務長室、そして院長室が設けてあった。祐輔が入ると院長室のソファにはすでに事務長と他の事務職員、救命救急センター長の山下潤一が座って待機していた。その後ろには急遽パイプ椅子をもちこんだのであろう事務職員が数名座っていた。

「すまん、すまん」といいながら相沢義之院長が一人がけのソファに腰を下ろした。相沢は祐輔の大学で昨年まで血液内科の教授を務めていた。大学の関連病院の院長職の多くは、退官した大学教授が務めることが慣例となっていたが、相沢もその一人だった。本来であれば教授の任期が1年のこっていたが、前院長が脳出血で急死しため、後任人事を急いでいた県庁が大学を通じて相沢に声をかけたのだった。声をかけたと言ってもそこは学内政治におけるパワーバランスもあり、退官の近い教授の中ではもっとも政治力のあった相沢が選んだというのが妥当な言い方だろう。教授職は65歳で定年だが院長職に年齢制限はない。これからの人生のことを考えたのか相沢は教授職を辞して院長職に就いた。

「いやー、まいった、まいったよ。突然報道陣が集まるし、総務課にはメディアからの問い合わせの電話がひっきりなしでね。まさかこの病院でこんなことになるなんて思ってもいなかったからね」と、額の汗を拭いながら相沢は会話を切り出した。手元には事務職員が作成したであろう、向井優奈の経過が簡単に箇条書きされていた。

「で、小林先生。実際のところ向井優奈さんの死因は何なんですかね?山下先生の話だと、水田レディースクリニックでお産をされて出血が多かったとか。救命に運ばれたときには心肺停止だったということですよね?」

「そうです」

小林が応える前に山下が言葉をはさんだ。山下は小林よりも4学年下の後輩だったが、小林が赴任する2年前から救命救急センターの部長に就任していた。救命救急医療はまだまだ医師の年齢層という意味では若い時代で形成されているのが現状だった。多くの病院では外科や麻酔科の部長が兼任することも多かったが、救命救急医療の拡充を図るという目的のため県庁の意向として専任部長が必要となり、山下に白羽の矢がたったのだった。ほとんどの診療科が大学からの人事でまかなわれており、部長職は准教授や講師経験者が占めているため山下にとっては先輩ばかりで、決して居心地のよい職場ではなかったが、小林は山下が学生時代に担当した大学祭の実行委員会の先輩だったこともあり、比較的懇意にしていた。

小林の顔をちらりとのぞきながら言葉を続けた。

「向井さんに関する情報は直接消防からありました。水田レディースクリニックで分娩直後の患者が大量出血になっている、ショック状態なので受け入れて欲しいという要請があって、すぐに応諾しました」

「なるほど。ということは、第一報は救急で産科ではなかったのですかね」

「そこのところは経緯を言えば少し話が長くなりますので省きますが、水田院長から直接電話があって、患者の容態を聴いた限りは、搬入を周産期母子医療センターにするのではなく救命にするように私からお願いしたところでした。なので、山下先生には事前に私が伝えて、その後に消防から連絡が入ったのだと思います」

小林の説明に半ば納得したように頷きながら相沢が尋ねた。

「それで、結局死因は何なんですか?」

「わたしには出血死という言い方しか、今はできませんが」

山下にしてみれば、搬入時にすでに心肺停止であり、蘇生に反応せずに搬入後30分で死亡確認した事例のため応えようがなかった。

「産後の出血死であることは間違いないのですが、まだ今の時点ではなんとも言えません。病理解剖の承諾が得られれば、解剖で判明するかも知れないのですが。今、ご家族、いや、ご遺族に病理解剖の説明をしてお返事を待っているところです」

「うーん」

小林の説明に相沢は天を仰いだ。

「病理解剖がないと死因が断定できないか。搬送元のミスと言うことはないのですかね?」

「そこのところは水田院長に詳しく聞かないとわからないのですが、今は何とも」

小林はこれ以上の説明には限界を感じて口をつぐんだ。

院長室の中に重く静かな時間が流れた。

「困りましたね」

それまで医学的な内容になるためじっと黙していた事務長がつぶやくように言った。

「困るというのは?」

小林の問いに事務長は頭を掻きながら応えた。

「メディアです。密着取材をしていたということで、向井さんが搬入された時からすでに報道陣が病院に駆けつけています。その後は情報網がすごいですね、彼らの。県内のテレビ、新聞などの各局の担当がすべて集まっています。元アイドルの死亡ということで日頃私が接しないメディアも集まっているようです。死亡の経過について記者会見を開いて欲しいとの要請が県庁の記者クラブを通じて入っています」

事務長の説明に、相沢も小林も山下も再び溜め息をついた。医師という職業は華々しくみえるが非常に地道なものだ。日々、病院での診療に従事し、経済も政治もあまり影響を受けない、ある意味で閉じた系で生存する生態系を形成している。一部の医師はタレントとして華々しくマスコミに露出しているが、大半の医師はメディアの取材を受けたこともないし、ましてや、記者会見など開いたこともない。3人の脳裏に浮かんだのは、医療事故の報道でニュースに流される影像だった。関係各位が起立して深々と謝罪の礼をして、まばゆいばかりのフラッシュを浴びる光景だった。

「個人情報の取扱いにもなりますし、私と県庁の広報担当とも連絡をとった上で、どのように対応するかの具体策を今から練ってみます。ただ、何も応じないというのは難しいかと思います」

その言葉をきいて、おもむろに院長が立ち上がった。ゆっくりと窓にむかいブラインドに指をかけてその隙間から駐車場を眺めると、報道陣が集まっているのが見てとれた。

「そうだな。なんらかの説明は必要だろうな」

深い溜め息をつくともう一言発した。

「ところで、警察はどうなってる?」

医師法21条 にはこうある。

「医師は、死体又は妊娠4カ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」

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