看取りに対する一考察 -亡き二人の父へのオマージュ-

二人の父の死

先日、義父が他界した。実父は11年前に亡くなっている。いずれも伴侶を遺しての旅立ちだった。

自分の仕事柄、親の死に目にあえないだろうと思っていたが実父と義父の旅立ちをこの目で見届けることができた。
実父の時は妻も立ち会い、義父の時は私も立ち会い、それぞれの兄弟姉妹、つまり彼らにとっての子供達と伴侶に囲まれて永遠の眠りにつく過程を経験した。

いずれも緩和医療や看取り医療を前提とした、いわゆるホスピスでの看取りで、およそ一週間の入院だった。

在宅医療が普及し始めてどれぐらいになるだろうか。病院での入院を前提とした管理から可能な限り在宅での管理に医療制度がシフトしている。
医療の世界に身を置いているので、そのなだらかな変化を肌で感じてはいたが、ある日、突然に体制が変わったわけではなく、徐々に変化していったのだと思う。ただ、振り返ってみると、特に10年を一つの単位ぐらいで考えてみれば大きな変化が起きている。

在宅医療とともに癌化学療法も大きな変化があった。抗悪性治療薬自体に様々な新薬が導入されたこともあるが、化学療法中の副作用に対する薬剤が開発され、外来化学療法が可能となったことだ。
抗がん剤治療は3ヶ月から6ヶ月ぐらいの入院をするのが当たり前だったし、そのまま病院で死を迎えることも多かった。途中で退院するのは、治療が奏効した(よく効いた)人か、治療を拒否した人か、確かそのどちらかだった気がする。
今では、抗がん剤を外来化学療法室で投与しながらの通院、わずか数日間の治療入院が当たり前になっている。
在宅医療は、大別すれば、認知症の管理と悪性腫瘍の終末期の管理に分かれる。
認知症の場合は、年単位の長期間の家族の介護を必要とするため、家族には、肉体的、精神的、経済的負担が大きくのしかかる。
悪性腫瘍の終末期の場合は、家族に死を看取る勇気を必要とする。

ちなみに、癌化学療法については過去二十年で大きな変化があったと思う。情報開示やエビデンスに基づいた医療(EBM)といった考えた方の導入によって、抗がん剤の選択や投与方法といったいわゆる“レジメ”が全国的に、いや、世界的に共通化、共有化されてきたという点である。
そのため各大学病院の派閥や地域によって分かれていたレジメがなくなって幾久しい。ある癌で進行度が同じであれば、基本的には、レジメは数種類に限られるようになってきた。

緩和医療についてもしかりだ。二十数年前、悪性腫瘍の患者に抗がん剤を使用しつづけるのは当たり前であり、最期の時期が来るまでモルヒネなどの鎮痛剤は用いていなかったと記憶している。痛みを訴える患者に、他の鎮痛剤を投与してしのいでいたような記憶がある。“緩和医療を選択することは医学の敗北をあらわす”という考え方が蔓延していた時代で、医師はかたくなに治療を継続し、家族も延命のために可能な限りの医療技術を導入することを望んでいた。そんな時代だったと思う。
そして、化学療法や外科療法を専門とせず緩和医療を勉強したいという医師は、主流を逸脱した考えを持っているかのような扱いを受けていたような気がした。
当たり前ではあるが、いつの頃からか終末期医療の大切さが認識されるようになってきた。

DNRとBSCという言葉が使われるようなってそんなに月日は経っていない。
DNRとは、“do not resuscitate”の略語で、死を覚悟した患者・家族が、患者が急変した際に心肺蘇生などをせずにそのまま看取ることをさす。患者側の意思表示として扱われることが多く、死期が近づくとその確認を本人や家族に行う機会が増えている。若い頃、そのような手続きがなされていなかったときは、家族が病院に来るまで、心肺蘇生をして汗だくになっていたのを記憶している。
BSCとは“best supportive care”の略称で、積極的な抗がん治療が困難となった際に治療を終了し症状緩和のみを行う場合や、急性疾患で心肺停止となって蘇生を行ったが見込みがなく、その際に心肺蘇生の継続や輸液・輸血療法を継続せず経過をみる場合などに使われる用語で、緩和医療の代名詞のように使われることが多い。

自宅での看取りは可能か

http://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h24/sougou/gaiyo/pdf/kekka_1.pdf

平成24年の「高齢者の健康に関する意識調査」の結果では、半数以上が自宅で最期の時を迎えたいと回答している。

「万一,あなたの配偶者が治る見込みがない病気になった場合,最期をどこで迎えさせてあげたい ですか。」という問いにも半数以上が「自宅」と回答している。

私自身も慣れ親しんだ自宅で、窓から眺めるいつもの風景を目にしながら、家族と過ごした場所で最期の時を迎えられれば幸せなのではと思っている。

しかし、二人の父が亡くなった十年余りの歳月をもってしても、私自身は、「一般的な人々が自宅で親しい人を看取るのはかなり難しいのではないか」という思いを抱いているし、その考えは変わらない。

人が死に至る過程において、在宅医療やホスピスでは以下のように人の死の段階を説明されることが多い。

<死期が近づく過程>

  1. うとうと寝ているが、呼ぶと目を開け反応する段階
  2. 食事の量が減り、頬や目の痩せが目立つ段階
  3. 訳のわからないことを話し、興奮して手足を動かす段階
  4. 便や尿を漏らすことがある段階

このような段階になると死期が近いとされ、家族は覚悟を必要とされる。

そして、死に至る過程として、

<死に至る過程>

  1. 呼んでもさすってもほとんど反応がなくなる段階
  2.  大きく息をした後、しばらく止まって、また息をする波のような呼吸になる段階
  3. 顎を上下させる下顎呼吸という最期の呼吸の段階(この際、苦しそうに見えるかもしれませんが、ご本人はすでに意識はなく苦しみはありませんと説明される)
  4. やがて呼吸が止まり、ほぼ同時に脈が触れなくなり、心臓が停止する

個人差はあるだろうが、死期が近づく過程が数日から数週間の間、死に至る過程が数時間から(長くても)数日と思われる。

この過程を家族は看取らなければならない。

しかも、この過程のとおりにはいかない。痛みや苦しみで暴れることもある、苦しい、痛いと訴えることもある。それらをすべて受け容れなければならない。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000156003.pdf

上記の資料によれば、我が国では近年、圧倒的に自宅での看取りが減り、病院での死亡が増えたという。

また、他国に比べ病院での死が多いという。しかし、病院の代わりに「ナーシングサービスのある施設」で死亡する機会が諸外国に多いというのも注視したい事実だ。

私の祖父は脳卒中による昏睡の結果、半年以上を経過して四十数年前に自宅で息を引き取った。田舎の比較的裕福な家系で長男一家と三代にわたる家族で暮らし、目の前には地域を支える個人開業の医院があった。宗家の長男宅に嫁いだ伯母の献身的な支えがあっての往生だったのだろう。その後、十年以上経過しただろうか、祖母が亡くなったときは、病院で悪性腫瘍の転移で苦しみながら他界した。伯母や母など、いわゆる嫁達が交代で付き添って数週間を経過後の死だったと記憶している。母方の祖父母はいずれも病院で亡くなった。田舎で子供達は親元を離れて仕事を持ち、家族を養っている状況で、病院での付きそいだけでも大変だったと思う。

核家族化と家族の地理的な離散が今の社会構造として当たり前となった中で、自宅でも看取りは可能かと言えば、そう簡単にその数値が増えるとは個人的には思えない。

看取るためには、24時間、誰かかが常に付きそう必要があるだろう。それだけがこなせる大家族はとても少ないと思う。

と同時に、私自身が今回感じたことは、「果たして人は、家族が死にゆく過程を、冷静沈着に対応し、受け容れることが可能であろうか」ということだった。

医療者である私には、実父に対しても義父に対しても、どこかその死に至る過程を医学的見地から眺めているところがあった。しかし、一緒に付き添っていた他の子供達、つまり兄弟姉妹(義兄弟も含め)は医療者ではなく、人の死を経験したことはほとんどない。ましてや生涯の伴侶であった妻の立場である実母や義母は、最愛の人がやせ衰え、苦しむ姿を見なければならない。

こう記述すると、「苦しいのは緩和医療の対応の仕方が悪いからだ」という反論を抱く人もあるだろう。しかし、いくらモルヒネを使用していても「せん妄」によって暴れることはある。

下顎呼吸が始まると、まわりの家族はその呼吸に釘付けとなる。数秒から十数秒の間、息が止まると、「止まらないで」との想いを抱いたり、「今死んだのか」という戸惑いや驚き、恐怖、不安が襲ってくる。

それらをすべて「あたり前のこと」として受け容れる冷静沈着な態度がなければ、例えば、たった一人で、配偶者や親の死を受け容れることはできないのではないかと思う。

病院でさえ24時間体制とはいっても、死を判定する医師は、かならずしも常勤のいわゆる担当医ではない。平日の日中に常勤している担当医が対応できる可能性は、
[平日の8時間x5日]÷[一週間の時間]
として計算すれば、わずか2割強の時間であり、その他の時間は、当直をまかなう他の常勤医か非常勤医である。突然、家族にとっては見ず知らずの医師から死亡宣告を受けるのが当たり前となる。
ましてや在宅医療の場合、死の瞬間には在宅医療を担う医師は駆けつけることは物理的に難しい。死亡宣告はできないまでも、死をある意味で「判定」するのは家族になる。
しかも、今の社会構造からすれば、配偶者が看取らなければならない。高齢化の中で、その配偶者自身が多くの疾患を抱えながら、看取りのために長い期間、付き添うことは多くの困難を伴うことは容易に想像できる。

ホスピスでは、終末期医療に詳しい看護師さんが沢山いる。私も彼女たちに多くのことを尋ね学んだ。家族が慌てたときに彼女たちが冷静に、そして優しく声をかけてくれた。家族の肉体的負担、精神的負担のいずれも彼女たちの仕事によって和らげられていた。

だから今の私には、
“ある程度の段階までの在宅医療は可能だが、死を看取るのは何らかの施設が望ましい”
というのがどうしても看取りに対する現時点の意見となる。

最期に、

亡き二人の父がいつまでも安らかな眠りについていたことを信じて止まない。

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