産科医という魅力的な仕事をベールで覆うのはもう止めよう

先日、若き産婦人科医に起こった悲しい出来事に対して、産婦人科関連団体からの声明のニュースが流れたのはご存じだろうか。

我が国の周産期死亡率および妊産婦死亡率は世界的に見ても相当に低い数値である。つまり、妊娠満22週以後に死産として生まれる児、生後1週未満に亡くなる新生児の数は極めて少なく、年間に死亡する妊婦の数も驚くほど少ない。

少ないがゆえに、母児の死亡に対する注目を浴び、ニュース性を増す。

「いつかこの環境は改善されるだろう」という希望的観測のもとで産婦人科医、いや、産科医として過ごしてきて二十数年が経過し、いつの間にか「当たり前」となってしまった当直環境というものに対して、そろそろ大なた(医療者らしくメスと言った方がいいかもしれない)を入れる時期がきたというか、多分、二十数年前から入れなくてはならない状況であったが、さすがにもう緊急対策をしないと危ないのではと思っている。

「医は仁術」というが、「仁」だけで過ごすことは出来ない。「清貧」という言葉をあたかも賞賛するような風潮があるが、実際に賛辞を送っている人たちも、実は端から見れば裕福な人たちが多い。

産婦人科医の中でも、分娩を主に取り扱う産科医は、月に数回の産直を行うのが一般的である。数回とは、二、三回から六回程度とWebで調べると解説しているようだが、そうなると数回以上ということも多い。人口の密集した都会の病院では、産婦人科医の数が多いが、取り扱う分娩数も多く、複数人で当直するため結局は数回以上となる。一方、比較的人口の少ない地域では分娩数は少ないため「一人当直」となることが多いが、やはり数回以上である。

産科をめざす医学生や実際に産科医として勤務している医師は「もう当直はやりたくない」と言っているわけではない人が大半だろう。ただし、度が過ぎれば限界となるし、勤務が報酬に反映されなければ意欲はなくなる。

ちなみに「当直空け」という言葉はないのが普通で、当直の翌日は当たり前のように外来や手術、病棟業務をこなす。つまり、前日の朝8時頃に病院で勤務を始め、当直をこなし(一睡もできないことも多い)、翌日も19時から21時頃まで働いている医師は多い。そしてその次の日も通常通りの勤務である。

それでも分娩を取り扱うことの魅力は生命の誕生である。これ程、喜ばしいことはないし、ハイリスク妊娠・分娩やハイリスク胎児では、如何にその子の未来を開くか、如何に母児共に幸せになってもらうか、ということに情熱を注ぐ。

「コウノドリ」をみて皆が感動するのは、そういう職業だからだ。

ただし、やはり報酬はあまりにも低いと言える。医師の報酬は他の職業から見ればうらやましがられることも多いが、勤務時間と命を預かるストレスからみれば決して高くない。当直料もその間にこなす仕事量からすればバランスはとれていない。

報酬面で言えば大学病院での勤務を希望する医師が少ないということは困った問題である。私自身は、大学という組織で行えることの魅力を感じて、敢えて大学での教育職・研究職を選んだので仕方ないかもしれないが、大学自体からの収入は十年前より減っている(笑)。

ましてや、准教授、講師、助教となれば、もっと収入は減り、他の多くの医師はアルバイト生活を余儀なくされる。

企業であれば、本社勤務は給与面、福利厚生面で望ましい形になるのだろうが、医師の世界では、大学病院<地域の関連病院<地域の個人開業医という収入形態がおおむね一般的であり、これでは困ったものである。

大学という場は、いろんな意味で「余裕」のある人たちが集うのが理想である。そこから新たな発想が浮かび、学問を発展させ、結果的に社会に寄与できる。しかし、その場に人が少なければ、医学・医療の発展は見込めない。

こんなことを書いていると、「お前は産科医を減らしたいのか」と言われそうだが、そうではない。こんなにやり甲斐のあることはないだろう。だからたまには愚痴りたいのだ。

今日も「あー、この子達は二十二世紀を生きるんだろうな」と思いながら、小さな命を見つめて仕事をしていた。自分が天国に行ったあとにも(行ければだが)、元気に活躍するんだろうなと思うとしんみりとした。

そろそろ産科医に対して、ホワイトカラーエグゼンプション(頭脳労働者脱時間給制度)を早急に導入しないといけないんじゃないかと思う。

「忙しいのはわかる。でも、それに見合うものがあれば忙しいのは我慢できる」という人種の集まりだと思っている。
だから、それなりの単価を与えるべきだろう。

私は、経営者でもないし、そのことで病院や大学の経営がどうなるか、なんてことはわからない。でも、さすがに「産科医になれば忙しそうだけど、余裕があっていいよね」ということにならなければ、母児の命を預かってストレスにされされながらも働き続けることを選択してくれる人は増えないと思う。

分娩難民という言葉があるが、結果的には妊婦さんやこども達に弊害が及ぶ。地域によっては、分娩する場所がないため、かなり遠方まで出向かないといけないらしい。でもそれは仕方ないだろう。医療も経済だからだ。

産科医の数が増えれば、ホワイトカラーエグゼンプションを導入しても次第に報酬は減るだろう。だが、そうなれば、仕事を分担できるため、時間的余裕という他の報酬が手に入る。
今、産科医にはそのバランスが得られているとは言いがたい。

日本でも地域によっては、産科医が当直することに対して報酬を引き上げることで医師の確保に成功しているところもある。報酬だけではないが、自分の仕事に対する単価がある程度認められなければやり甲斐を見失う。

時間に余裕を持った医師達と、医療医学の発展のためにディスカッションを深めたり、研究に打ち込んだりする光景がそこかしこでみられるような近未来を願う。

魅力的な仕事にベールをかけて仕事するのはもう止めにしたいものである。

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