航空機の機材トラブルの対処から医療安全を思う

フラップが動かない

本来であれば、今は熊本城下をランニングしているはずだが、今羽田空港にいる。

一昨日、オーストリアのウィーンで開催された国際学会から帰国し、昨夕のNH649便で熊本へ向かうはずだった。
チェックインも機内への搭乗も何も問題なかった。機材は一番好きなボーイング787だったので気分は高揚した。

熊本市内への到着は夜10時前と思われるが、どこかの居酒屋に意を決して入って(一人でお店に入れない性格、、、)馬刺しを食べるか、多分一人でも大丈夫な熊本ラーメンに行くか、と思案していた。

夜遅くに摂取したカロリーを早朝ランニングで消費し、朝からの会議に出る予定だった。

が、今、朝5時台というのに羽田空港にいる。

機体がタクシーウェイから滑走路に向かう際に、何か電気類のリスタートするような雰囲気があった。そして機体は滑走路にたどり着く前に停まった。

しばらくして機長からのアナウンスがあった。

「計器に異常を知らせるサインがあった」というような説明だったと思う。確認後に出発するということで少し安心した。

もうしばらくすると、前方から操縦士が出て来た。

ハイジャック対策などのセキュリティで操縦席と客席は厳重に隔たれているため、機内でパイロットを見るのは驚いた。翼よりも前方の席に座っていたため、どこまで行ったのかは分からなかったが後方に向かって急いで歩いていた。

そしてしばらくしてパイロットが操縦席への戻って行った。

そこで機長から再びアナウンス。

「ただいま計器の異常のために、操縦士が目視確認をしました。12枚あるスポイラーというもののうち一枚が動かないが、他の動作は問題ないので操縦には影響ないので離陸します」

という説明だった。

「ヘェ〜、スポイラーって、スポーツカーか改造車の後ろについている羽みたいなものだけど、✈️でもそういうんだ」

と思った。ただ、その時点でちょっと不安になった。

「落ちないよね」

そしてまた タクシーウェイを進み始めた機体は、滑走路の手前で順番待ちをしていたが、いつまでたっても立ち止まったままだった。

時計は19:55。出発時刻から1時間が経過していた。

「スポイラーの故障と思われましたが、高揚力装置のフラップも稼働しない」

といった説明だったと思う。ともかく調整を試みるということだったが、結局機体は先ほど離れた72番ゲートに戻って来た。

ドアが開いた。え、嘘でしょ。

と思ったが、ほどなく機長からアナウンスがあり、この便は欠航になります、という説明があった。

「宿泊、翌日便への振替等々について出発ロビーの14番窓口で対応します」

度重ねてのお詫びの言葉とともにアナウンスが終わり、客室乗務員がお詫びの言葉を述べながら対応した。

幸い席は前方だったので、急いで14番窓口に向かった。すでに20時30分だった。機体から降りる途中、深々と頭を下げる客室乗務員がと地上係員の間を急いだ。後ろの方で「いい加減にしてよね」という声質からすれば同い年ぐらいの女性の怒鳴り声が聞こえた。

彼女の気持ちもわかるが、どういう加減にもできないよな、と思った。

14番窓口にはすでに数人の乗客が並んでおり、ロビーは閑散としていた。頭上の案内板には21時発の千歳空港行きの便がチェックイン中と書いてあったが、全くの反対方向だった。

落胆と妙な疲労感の中、ここから冷静に観察を始めた。

「このイレギュラーなアクシデントにどう対応するのだろうか」

ふと、そんな思いがよぎった。

ほぼ満席に近い乗客がいたが、すでに夜は遅い。皆熊本にたどり着きたかったはずである。宿泊は、振替便は、他の交通機関は、あるいはキャンセルは、色んな対応があるだろうし、各人の事情も皆違う。

4名の地上係員がすでに乗客の対応を始めていたが、カウンターの中に一人の上司と思われる係員が現れた。

対応している乗客に陳謝しながら、係員を集め円陣を作り何か確認を始めた。

「そうだ、これがコマンダーだ」

と思った。医療現場において何か不測の事態や重症患者がいた場合、現場は混乱しがちである。その場合、コマンダーと呼ばれる指揮官が各人の役割を確認し、それぞれ適材配置を行うことが重要である。

コマンダーはその方面の対応に熟知していることが多い。医療現場であれば、上級医になるだろう。感心したのはそのコマンダーは直接乗客と対応せず、直接対応の係員に指示するだけだった。

おそらく彼女が対応すれば、どんなクレームにも責任を持って判断できるだろうが、彼女はそうはしなかった。そしてそのコマンダーと別にもう一人のチーフと思われる地上係員が登場した。

ホワイトボードが出され、翌日の振替便の便名と残席数が記入され、そして、その下にその地上係員の名前が記載された。

彼女はコマンダーから引き継ぎをもらったのか、あるいは14番窓口の対応を一任されたのか分からないが、先ほどのコマンダーがどこかに行き、そして彼女が指揮を始めた。

長い列では、別の係員が、あらかじめそれぞれの乗客の都合を聞いていた。

「宿泊が必要か。翌日の便はANAにするか、JALにするか。あるいは別の交通機関にするか」

私の番が回って来て、翌朝の振替便の希望を伝えた。

そして今朝、朝5時に家を出て羽田空港についた。

カウンターで振替便の手続きを行うと、昨日とは当然異なるが、地上係員が深々と頭を下げながら陳謝した。

そして私は今、機内にいてこのブログの原稿を書いている。無事着陸してwifi環境が整えばこの文章がアップロードされることになる。

トラブルを予測する

飛行機はとてつもない機械だ。なぜこの重たい機体が飛ぶのか、と言われれば、航空工学のなせる技である。

残念ながらエンジンによる推進力と翼による揚力がなければ飛べない。

グライダーは自然に滑空できるが、エンジンが止まればジェット機は落ちる。鳥のように空に漂うことはできない。

エンジンが問題なくても、翼が変形し揚力が得られなければ飛べない。

とてつもなく早いスピードで翼が空気を切り裂くときに、フラップを調節して揚力をえる。

私はパイロットでも航空工学の専門家でもないが、NH649便におきたトラブルは、滑走路に向かう前にあらかじめフラップやスポイラーの動きを点検したために見つかったものだ。

さて、私たちはいざ手術をする際に、飛行機のように無事飛べるか、無事着陸できるか、すべてシミュレーションをしているのだろうか。

つまり、手術の手順に際して、果たして開腹から閉腹まで細かく予習しているのだろうか。

恐ろしいことを書くようだが、すべての状況をシミュレーションするいわゆるフライトシミュレータのようなものは医療の世界ではまだ備わっていない。

なので、新米の医者は助手として手術に入り、上級医の執刀をなんども観察して手順を把握する。

ただ、ここで大切なのは、なにか不測の事態(といってもどういうレベルかは別にして想定はしているが)が起きることを頭の片隅に抱くことである。

同じ命を預かる仕事ではあるが、航空機のトラブルの飛行中に起きれば死亡率が極めて高い。そのためパイロットはなんどもシミュレーターで訓練しているはずだ。想定できないほどの横風、エンジンが一つ止まる、フラップが動かない、車輪が出ない、などなど色んな訓練をしていることだろう。

医療におけるトラブルは「合併症」という。合併症とはある程度予測できるものをさし、薬剤によるものなどは副反応ともいう。しかし、患者側からすれば、ときに「医療過誤」「医療事故」という語句で表現され、ミスというレッテルを貼られることもある。

「いい加減にしてよね」

と叫ばれることもある。

どんなにインフォームドコンセントを得ていても、怒りが出てくることがある。

ともかく、医師は、可能性が少なくても重大な事態に陥るはずの合併症に対して常に頭に入れておくことが大切だ。突然の出血に対しても、フラップが動かないということであわてないように冷静に対処しなければならない。

チームとしての機能

今回、コマンダー役の重要性を学んだ。コマンダーは皆が対処に焦っている時も冷静に状況を見つめ、各人の役割を決め、適材適所で対処することが必要である。

例えば分娩や手術でなにか不測の事態が起きても、私もそうであろうが、その部屋で1番のイニシアチブを取るべき役割の医師が慌てたら元も子もない。

ただ、医療現場では、もっとも熟練し手技と知識に熟達しているのは得てして最も経験を有した年長者である。そして年長の医師が出血を止めるのに主役となって対応することが多い。指揮官が前線で切込隊長をしているようなもので、その戦術がうまくいけば良いが、効果がなければ誰も冷静に事態を把握して、方針転換をすることはできない。

ある医療チームが成熟するには、この構造的な問題を変えるしかない。

多くの意思を早く熟達させることと同時に、上級医が指揮官としての立場になれる必要がある。

私は、難渋する手術以外のほとんどの手術を指導医として対処する。つまり、後輩にメスを持たせ自分が得てきた手技のポイントを教えながら一緒に手術を行っている。

教えることで、より自分の技術に対する知識的な担保ができると同時に、自らの冷静さを見つめることができる。

そしてそのようなチームは、上級医がいつまでもメスを離さないチームより成熟すると信じている。

時に看護師にどのような器具を出して欲しいかを伝えた、時に麻酔科医に輸血や血液検査について相談する。

各人の役割を見極めて対処することが必要だ。

ともかく謝ろう

フラップが動かないのは、整備不良ではないか!

と言われればそうだろうが、整備士は決められた手順で点検した、パイロットも出発前に点検していたはずである。

それでも不具合は生じる。

客室乗務員も地上係員もともかく頭を下げる。

「いい加減にしてよねって言われても、私たちだっていい加減にはしてないのよ!」

と言いたいかもしれないが、ともかく謝る。

一時期、医学教育において合併症(副作用、副反応)は、あくまでも合併症であり、ミスではないから謝らないことが大切だという風潮があった。

それは、主に米国から来た考えで「I’m sorry」と言えば、「すべて私が悪うございました」ということになって責任をとることになるから言わない方がいいという考えに基づいたものだった。

しかし、ある時、確かハーバード大学の研究者が出した研究結果として「まずは謝るのが医療訴訟において大切である」ということであった。

多分、米国では日本語の「すみません」というニュアンスがあまりなかったのだろうが、これは医療安全の世界で大きな影響をもたらした。

「あなたは順調に経過して完全に治ると思っていただろうが、確率は低いがこのような合併症がおきた」

と、淡白な言い方をせずに、

「期待に添えなくて申し訳ない」

とまずは“謝る”ことが大切である。

トラブルシューティングを訓練する

<<<<< 上係員はこのような機材トラブルにおけるあらゆる対応を想定しているのだろう。 振替便、他社路線への変更、払戻し等々のパンフレットやウェブサイトも備えていた。 医療の質を上げるには、わずかな確率の合併症に対してもその対応策を事前に練ることが重要である。 若手の医師は経験が少ない。そのため未経験のトラブルで慌てる。若手じゃない医師でも、言葉は悪いが勉強していない医師は慌てる。 常日頃から、医師同士の雑談に花を咲かせ、症例報告に目を通し、学会で勉強し、未経験を経験値に変えるしかないと思う。

医療経済は安全対策において妥当か

航空運賃が他の交通機関に比較して高額なのは周知の事実である。

ただ順調に運航していることだけを思えばそれほどの費用も人員も不要だろうが、多くの惨事の経験から今の体制があると思われる。

落ちれば数百人の命が失われるわけであり、御巣鷹山の事故は私の記憶にも鮮明に残っている。

安全の担保のために必要なものためには費用は必要である。

さて、昨今の医療事故報道などを含め、医療現場の安全対策に対して様々な意見がある。

正直なところ病院の医療安全対策の部署は多忙であるし、病院の各部署も忙しい。

果たして、今の医療現場は、安全対策を行うために十分な人員と費用を有しているのだろうか。

この問いに数字を用いて説明することはできないが、答えは

「NO」

である。

朝から外来、回診、手術、当直に忙殺されている医師たちをみていると、到底安全対策のために十分な時間を割く余裕もないし、勉強する暇もない。それでも皆必死である。

ハイリスクを扱う高次機能病院のである大学病院の医師がもっとも給与が安く、そういった意味では魅力がない、というのもなんともやるせないものではある。

LCCではないANAやJALの運賃がある程度高いのは、安全性もあるだろうが、トラブルの際の対処においてもいろんな意味で反映されているのだろう。

安心をお金で買う、という多少下衆ではあるがこの言葉にも納得する

医療は純粋な資本主義経済とは異なる形態なので、なかなか医療経済と安全対策は結びつかないのかもしれない。

が、医療が社会主義なら、もっと資本を投入しても良いはずである。

飛行機の欠航と旅程の変更で色々と考えさせられた時間だった。

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