左手で飯を喰らう

食事後であまり美しい画像ではないけど。
僕は生まれつきの右利きで、バットもラケットもボールを投げるのもボールを蹴るのも箸も鉛筆もマウスも右利き。
右利きが大半のこの世の中で育ったため、文章を書くにしても、ハサミを使うにしても、すべて右手だった。そして医学生として実習で先輩の手術に立ち会うと、メスやハサミを使うその手はすべて右手だった。

「あぁー、やっぱり右利きでよかったなぁー」

と確か感じたのを記憶している。

しかし、いざ医師として手術を執刀してみると、確かに右手はメスやハサミを使うために大きな役割を果たすことを実感すると共に、左手の大切さに愕然とした。

なにかを切るとき、それがメスであれば左手で切る対象を押さえて固定する必要がある。

料理をするとき(今日も鍋料理をしたのだが)、白菜を、ネギを、シイタケを押さえるに左手は十分な役割を果たす。

ただ、手術においてハサミを使うとき、あるいは、受針器に糸のついた針を掴んで縫うときには左手はとてつもなく大きな役割を果たす。

何かを切ったり縫ったりするときには、その対象を「しっかりと挟んで固定する」必要がある。

そのとき左手の役割が右手以上の役割を果たしていることに実感させられる。

ピンセット(医学用語では鑷子)で目の前の物体をわずか1-2mmの誤差で掴むことが執刀には求められている。

しかもその物体が本当に切ったり縫ったりするのが妥当なのか、その物体の硬さ、弾力性等々、様々な情報を指先から感じ取って判断するためには、右手と同様にこれまでわが友としてつきあってくれた左手にそれと同じかそれよりも繊細な感覚を要求するのだ。

で、なぜこの写真を提示したかというと、是非ともこれから手術をおこなう医師になる医学生、あるいは、すでに医師として過ごしているけれども、もっと上手な医師になりたい人に対する“偉そうなメッセージ”である。

「左手で飯を喰らう」

左手でもったピンセットをあたかも右手に持った箸を使うように自由に自分意志の奴隷とするためには、多分これしかないのかなぁって思う。

自分のいる病院の若手に「左手を使え」と行ってる手前、自分でも時々は左手で飯を喰わないと、って思った。

あ、左利きはどうするかって? 右手で飯を喰え、かな(笑)

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