人工知能の到来と医療を考える

最近、人工知能(Artificial Intelligence: AI)についての話題をよく耳にする。いや、目にするといったほうが妥当だろう。

囲碁や将棋の話題もそうだろうが、医療の世界もそうである。画像診断に関連している企業は、こぞってAIの技術を取り入れようとしている。IBMがWatsonを開発して幾久しい。

2017年の冬の現在、それらAIが今の私のおかれている医療環境に大きく影響していることは感じられないが、そう遠くない未来にAIの世界が訪れるだろう。わたしが現役の医師として診療活動をしている間にそうなって欲しいし、そうなると思われる。

私は、一介の医師であり、情報工学も数学もコンピューターサイエンスにも疎い。未来予測を行う学者でもない。なので、曖昧ないいかたになるが、果たしてAIが医療に導入されたら、どんな良いことがあり、どんな困ることがあるのか、勝手に想像してみたい。

金融の世界や自動車運転の分野では、AIの技術革新は目覚ましいものらしい。AIの技術者達は、別に囲碁で勝ちたいわけではないし、将棋の名人位を取りたいわけではない。彼らは、次世代の情報産業を掌握したいために巨額の資金と時間を費やしているのであろう。AIを持ち、AIを利用するものが、従来のコンピューター上しか扱えないものの優位に立ち、経済も政治も何もかも牛耳ることができるだろう。

ただ、2045年頃にはAIが自ら新たなAIを作り出すような劇的な変化となる技術的特異点が訪れると予想されいる。

つまり、人間が作ったAIを人間が使う時代から、AIが自ら別のAIを作って情報を操作するようになる。そうなるとAIを利用するという人間の目的をはるかに凌駕したAIになってしまうので、人間が自分の都合の良いようにAIを利用できなくなるかもしれない。

あ、これがいわゆるスカイネットを作り出し、ターミネーターでシュワちゃんが活躍せざるを得ない結末か!

まあ、そんな漠然とした話や映画の話はおいておいて、もう少し狭い領域の「漠然とした話」に移ろう。

実は医療の世界にどのようにAIが導入されようとしているか、も知らない。というか関わっていない。ただ、医療におけるAIとして極めて早くから利用できることが、機械学習と思われる。

私たち医師は、長年の経験から多くのパターンを判断できるようになっている。
医師の診療における通常の思考過程はこうなる。

患者さんの訴えをきく。そうするとどこに不調があるのか、どのような病気の症状なのか、ということに対しておぼろげな予想が浮かぶ。
いつからか、どのように、どうしたときなどといった病歴をきけば、だんだんとそのおぼろげな予想が、ぼやっとした像になってくる。
これまでの病気の有無(既往歴)をきいたり、ご家族に何らかの疾患がないか(家族歴)をきけば、もっと絞り込みが可能となる。
そして、診察を行い痛みの部位を確認したり、発赤がないかなどを確認する。血液検査や細胞の検査を行えば、その絞り込みは確信に至り診断となるだろうし、その後の治療の計画も立てることができる。
あるいは、この過程において、経験と知識が豊かな医師であればもっと早くに絞り込みができ診断に至るかも知れない。そういう医師を世間は勝手に「名医」と呼ぶ。

ちなみに世の中のいう「名医」には、そういう名医と、職人としての優れた技を示す名医の2つのタイプの名医がいるような気がする。

話を戻そう。

医師は病気の診断をした場合、その程度を判断する。これらも症状や所見から判断するが、それは程度によって治療方針が異なることがあるからだ。

癌の場合がもっともわかりやすいかも知れない。子宮がん(ここでは子宮頸がんにしておく)がどの程度の進行度(ステージといわれる)かによって、子宮を温存するか、手術で摘出するか、抗がん剤による化学療法を行うか、放射線療法を行うかといった選択肢を考える。

治療は、効果(われわれは予後と呼ぶ)の程度がどのようなものか、という情報をどう判断するかということが、いつもつきまとう。いくら手術をしても助かるのか、そうでないのか、どの程度の生存率なのか、といった情報を得た上で、患者さんに説明する必要がある。

とても簡単に書いたが、これらの思考過程を日々何十人と出会う患者に対して行いながら過ごしているのが医師の日常になる。

でも、とても「無駄」なことが多い。あえて「無駄」とかっこをつけた。なぜかというと「意味の無いこと」をやっているわけではないが、回り道をしている可能性があるからだ。

病院に行って、なにか不調を訴えれば、「血液検査をしましょう」「レントゲン検査をしましょう」「超音波検査をしましょう」「CTをとりましょう」「MRIをとりましょう」と言われることは日常茶飯事である。というか、医師はこれらの情報をある程度得なければ、判断はできない。ただし、そのためには検査を行うための手間と時間も必要となるし、費用も発生する。

「どうしてこんなに検査するの!」と思われる方も多いだろうが、これらの検査には、陽性所見を得るための目的と共に、陰性所見を得ることも必要となる。
陽性所見とは、文字どおり、その疾病で陽性として現れるものである。炎症があれば、白血球は増えるだろうし、CRPというタンパク質は血液中で上昇する。子宮筋腫であれば超音波やMRIでくっきりと写る。しかし、子宮頸がんで、胸部レントゲン写真をとって、明かな陰影がなければ、肺への転移がない、ということがわかる。妊娠高血圧症候群にはなっているが、肝酵素が上昇していなければ、肝臓へのダメージはまだそれほどではないだろうということがわかる。これら、ないものが陰性所見である。

これらの過程(プロセス)を「ある程度体系的に効率よく行う」ためには「ある程度のセット化」が必要となる。また、「見過ごし」とか「誤診」なんてことがないようにするには、「ないだろうけど」という目的での検査も必要となる。

診断というプロセスに限ってみても、膨大な量の情報を頭蓋骨という小さな入れ物の中に入った脳を駆使して一生懸命考えているのである。

専門診療科という語句があるが、わたしからすれば、専門というか、それぐらい領域を限らないと「対応が無理!」ということが理由で分かれていると思う。
私は、産科が専門である。突然私の前に40代の男性が訪れて胸が痛いといっても困ったもんで、その男性にはもっと困ったもんである。野球で言えば、お互いの守備範囲を決めてそこに来た打球をうまく処理するというところで、いきなり試合中にショートストップがライトに来ても困る。私の前で倒れた男性は不幸かもしれない。

わたしからみれば、現在の医療界というのは、そのようなお互いの守備範囲をそれぞれがこなすことで、有機的に一つの医療界としての体をなしていると思う。
あの病院のそれぞれの階、それぞれの部屋、それぞれのブースがそれぞれの役割をこなしているのである。
そして一人の人間のように、有機的に機能しているのである。

まあ、産科医が少なくなっているので、そういう意味からすれば、産科医を一部の臓器としてみれば、病院はすでに病魔に冒されているかも知れないが、話が脱線するので、産科医不足のことはここでは割愛する。

同じようなことは、医療に携わる沢山の職種にも言えて、医師、看護師、助産師、臨床検査技師、薬剤師、臨床工学士や医療医事務、栄養士、その他、多くの職種の方がそれぞれの職務をこなしながら有機的に一つの医療機関を形成している。

AIが導入されると、というか、AIを導入するとしたら最も役立つのが、このそれぞれの役割に分かれたセクションを、より有機的に体系づけることができるということだろう。

特に診断の分野はAIの牙城になるかもしれない。

現在、患者さんは紙で印刷された問診票を書くことが多いだろう。しかも、それぞれの診療科を訪れた上で記入している。
しかし、iPadなどのタブレット端末を用いて、どんな症状? どこが? いつから? どのように?などと質問を入力していけば、ある程度の絞り込みが可能となる。別にタブレットじゃなくてもいいだろう。ITが苦手な人には、かわりに入力補助をしてくれる補助員がつけばよい。もしくは、それらをペッパー君のようなロボットが行っても良いだろう(ロボットなら話をきくだけで入力は勝手にしてくれる)。
あるいは、あらかじめスマートフォンでそのような相談をすれば、「循環器内科にいってください」とか「泌尿器科の受診をお勧めします」といった答えも出るだろう。

「それは婦人科でみてもらったらいいよ」と言われて受診する高齢の女性の数は少なくない。しかし、多くの場合、なにもない。
「安心しました」と言われるが、そもそも来る必要のない人を医師や友人が勝手に勧めただけで、受診した人も対応した側も時間も費用ももったいない気がする場合も多い。

問診を終えた患者さんに対して、医師はある程度の方向付けをして診察を行う。しかし、AIが先に問診から情報を得ているので、診察の方向性は明確になっているだろう。
血液検査が必要とか、超音波検査が必要とか、今まで医師が必要性を判断していたが、先に示唆するようになるだろう。おまけに疾患の可能性を統計的なデータから数字で表して、例えば不正出血のある患者さんが受診した場合は、年齢や問診から子宮筋腫の可能性が89%、子宮頸がんの可能性が3%などという数字が診察する前から並んでいると思われる。

これらの情報は患者側にも提供されるだろう。その後の選択肢によってどのような診察のプロセスになるかも決定される。

「それは医師の判断の範疇だ!」といっても、AIが「先にMRI検査を勧めます」とか「ここで内診を行うとでこれまで得られた情報に対する判断の有益性は3%のみ増加します」なんて言われたら、まずは診察をというプロセスもなくなる。血液検査もコスト面でのAIの助言によって、末梢血検査は必要だが、血中の鉄の濃度の検査は今は不要、なんて答えが出るだろう。比較的コストの安い超音波検査をおこなった上で、MRI検査も行おうとしたら、「すでの超音波検査での正診率は98.5%です。MRI検査によって診断に寄与する情報が加わる可能性は0.2%です」なんてこともその場で電子カルテにあらわれて、そうなると、患者さんがどうしてもお金を出してでも受けたいと言わなければ無理だろうが、医療コストを管理するAIから「保険適応外」という通告を受けるかも知れない。

患者側の立場に立ってみれば効率よく費用も抑えられた方法で時間も短縮されて診断に至る訳なので申し分ないことだろう。

では、この場面で医師が「本当に」必要とされることは何に限られるのだろうか。患者さんは、子宮頸がんや体がんのことを心配して検査を受けるだろう。その場合もAIがそれらの陽性の確率を出してくれているので医師は自分の技術として細胞診検査を施行する。
しかし、もし3ヶ月前にどこかの医療機関でがん検診を受けていれば、それらの疾患の可能性はもっと低く算出され、患者は細胞診は希望しないだろう。そのときに患者が経腟超音波検査を希望しなければ、MRI検査へと方向性は変わるかも知れない。もし1年前に子宮筋腫と指摘されている情報があったとすれば、AIはそのときの情報から今回の経腟超音波検査の有益性よりもMRIを選択するだろう。
そうなると医師はそれらの検査をAIによって提示され、患者に必要性をAIに提示されたように確率という数値で説明し、検査オーダーのボタンを押すだけになる。

うーん、これって医師が医師として役に立ってる?

と思うがともかくそんな診察室になるかも知れない。

暮れも差し迫ったクリスマスイブという日に、話はまとまらないが、ともかくこれからどうなるんだろうって、空のサンタにつぶやきながら過ごす夜になる気がする。

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