少し仰々しいタイトルをつけたが、「万が一」のために今後、帝王切開が大変なことになるかもしれない、という危惧があったので、この投稿を書いた。
帝王切開の麻酔
一般的に、帝王切開における麻酔は、「区域麻酔」つまり、脊髄くも膜下麻酔、脊髄くも膜下麻酔併用硬膜外麻酔という、背中から細い針を刺して行う下半身の痛みをとる麻酔をして行う。そのため、妊婦は児の誕生の瞬間に、うぶ声を聴くこともできるし、児との触れあいも可能となる。硬膜外麻酔が行われていれば、手術後に硬膜外チューブから鎮痛薬を流すことで、術後の痛みを軽減することも可能となる。
一方、何らかの要因で、全身麻酔になれば、母は眠った状態で児は取り出される。全身麻酔の程度にもよるだろうが、麻酔薬が児に移行し、児が産まれた瞬間から息をしない、「スリーピングベビー」という状態もありうる。また、全身麻酔の場合、気管に挿入した挿管チューブの影響で、術後に喉の痛みを訴える場合もしばしばある。
また、全身麻酔は、患者を眠らせ、筋肉を弛緩させる筋弛緩薬を投与した段階から気管内に挿管チューブを入れるため(気管挿管)、顎関節症などで、口が大きく開かない患者や肥満の患者では、「挿管困難」という麻酔担当医にとっても最も避けたい事態が発生する場合がある。気管挿管は、熟練した麻酔科医であっても難渋することがある。
全身麻酔から覚めた後も、硬膜外チューブがないため、術後の痛みはどうしても強くなる。
妊娠中のサプリメント最近、EPA、つまり、エイコサペンタエン酸(イコサペンタ酸)を含んだサプリメントを飲んでいる妊婦さんにしばしば出会う。EPAは、オメガスリー脂肪酸の一種で、「血液サラサラ」とか「動脈硬化予防」などとうたったテレビショッピングやネットのバナー広告で見かけることの多いサプリメントの一つである。
聴いたところによると、「児の頭が良くなる」という都市伝説もあるらしい(個人的にはあり得ないと思う)、、、。
また、葉酸の入ったサプリメントを飲んでいる妊婦さんも多い。葉酸は、妊娠前から摂取することで、胎児におきる無頭蓋症(無脳症)や二分脊椎といった神経管開存症の発症率を軽減することから、飲んでいる人もおおいが、正直なところ、妊娠がわかって飲んでも効果はないだろう。
葉酸については、厚生労働省による2015年の「食事による栄養摂取量の基準」の影響が大きいと思う。
健康増進法に基づいた、食事による栄養摂取量の基準が改訂され、妊娠中には、妊娠前に加えて、一日に240μgの葉酸を摂取することが推奨されている。
市販のサプリメントの多くは、EPAサプリにしろ、葉酸サプリにしろ、ビタミンなどのいろんな栄養素を複数配合したものが多く、葉酸サプリを飲んでいるとしてもEPAが含まれている可能性がある。
EPAの何が問題?
では、EPAの何が問題になるのだろうか。
日本ペインクリニック学会・日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会 合同 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン 作成ワーキンググループが出した、抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドラインによれば、
抗血小板薬は,可逆的または不可逆的に血小板機能を障害し,神経ブ ロック施行時の出血リスクを上昇させる.高リスク群の手技では,不可逆的な抗 血小板作用を有するアスピリン,チクロピジン,クロピドグレル,プラスグレル, イコペント酸エチルは,血小板の平均的な寿命に相当する 7~10 日間の休薬期間 を設定することが望ましい.抗血小板薬が脳梗塞や虚血性心疾患の二次 予防を目的に投与され,休薬による血栓性リスクが高い患者の場合では,5 日間 の休薬期間も許容されるかもしれない.
推奨グレード:2,エビデンスレベル:D
となっている。ここで挙げられている、イコペント酸エチルとは、商品名エパデールなどの、閉塞性動脈硬化症や高脂血症という疾患に対して使用される薬剤で、血小板の働きをおさえて血液が固まるのを防ぐ作用があるものである。この薬剤を使用していた場合に、脊髄くも膜下麻酔や脊髄くも膜下麻酔併用硬膜外麻酔を行うことに対して、当ワーキンググループは、推奨グレード2、つまり、「弱く推奨する(提案する)」という推奨の程度であり、その根拠として、エビデンスレベルD 「(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない」としている。
つまり、区域麻酔を行う前に、この薬剤を休薬することについては、「効果の推定値がほとんど確信できないので、弱く推奨する」としている。
しかし、現実の臨床現場では、
「手術予定の5日前から、あらかじめイコペント酸エチルを飲むことをやめましょう」
と患者に説明している場合がある。
しかも、もし休薬をしていないことがわかった場合、手術を5日間延期する、ということ事例さえ現場では起きている。
ところが、このイコペント酸エチルという処方薬とサプリメントのEPAが同じ成分のため、
サプリメントも他の抗血小板薬と同じように扱いましょう、
というのが現状となりつつある。つまり、
区域麻酔を受けるならサプリメントは5日前までにやめましょう、
である。
いいかえれば、
「サプリメントを飲んでいたから区域麻酔はできない」
である。そうなると、必然的に全身麻酔が避けられない。
さて、本題の帝王切開に戻る。
前回帝王切開のため、今回も帝王切開という場合は、あらかじめ手術日が設定されているので、サプリメントをやめるタイミングがある。
しかし、通常の経腟分娩でも1−2割程度は、分娩の進行の停止、胎児の状態の悪化などによって、緊急帝王切開となる。
最近、自身も経験していることだが、緊急帝王切開となった段階で、はじめて、妊婦さんがEPAのサプリメントを飲んでいたことがわかり、全身麻酔を余儀なくされることがある。
しかも、EPAという成分を前面にうたっていない葉酸サプリでさえ、原材料を調べるとEPAが含まれていることがある。
多分、この投稿を読んでいる妊婦さんでも、まさか自分の飲んでいるサプリメントが「区域麻酔をできなくさせている」とは思ってもないだろう。
区域麻酔は帝王切開だけではない
妊娠中の手術は帝王切開だけでない。帝王切開は通常であれば妊娠37週以降に行うが、もっと早い段階で行う場合もある。早産予防のために子宮の出口を縫い縮める「子宮頸管縫縮術」であれば、早ければ妊娠12週頃に行う。各種の胎児治療は妊娠16週頃から可能となる。
これらの手術の麻酔は、原則的に区域麻酔である。しかし、もしサプリメントを飲んでいたら、全身麻酔となる可能性がある。
無痛分娩も区域麻酔が大半である。サプリメントを飲んでいたために、陣痛によって入院した時に「無痛分娩はできない」と言われたら、そのショックは計り知れないだろう。
果たしてサプリメントは必要なのか?
個人的な見解である。正直なところ、妊娠初期(妊娠14週未満)を過ぎた状況でサプリメントを飲むことに対しての効果については疑問を抱かざるを得ない。妊娠初期でもその効果は一体何なんだろうか。
ただし、外来で妊婦さんが「サプリメントは大丈夫ですか」と尋ねてきたら「飲んでても害はないですよ」と説明している。あくまでも「胎児に害がない」ということである。
しかし、今後は、「手術になったときの麻酔の仕方に影響する可能性があるからやめておきましょうか」と説明するように考えを変えないといけないだろう。
そもそも、栄養摂取基準とは、食事によって栄養をどのように摂取するかを定めたものである。サプリメントをとりなさいとはどこにも書いていない。
想定外の全身麻酔を避けたいなら、無痛分娩のとりやめを避けたいなら、サプリメントの摂取には細心の注意をしてもらいたい。
日頃の食事がどれくらい栄養素を含んでいるか調べるには、下記のサイトなどが役に立つだろう。
ちなみに、筆者は魚が大好きだ。「サバの塩焼き(EPAはサプリの一日分よりも多く含有)を食べたので、手術は延期しましょう」と言われたら辛いものだ。
コメント
サプリメントと麻酔について読ませていただき、素人ながら納得するところがあり、勉強させていただきました。
もう娘が7才なので7年以上前になりますか徳山中央病院で先生に胎児治療をしていただき、そのまま出産まで診てもらいましたとき、胎児治療時に麻酔が合わず、全身麻酔に切り替えて胎児治療をしていただきました。ちょうどそのとき私は医師に鉄不足だからと進められて葉酸サプリメントを飲んでしました。今になって思えば、なぜあのとき局部麻酔が興奮作用を引き起こしたのか不思議に思っていましたが、納得しました。当時は歯医者での麻酔もくらくらして合わなかったのですが、出産後は特に異常もなく、麻酔のアレルギー検査もしてもらいましたが問題ありませんでした。
今はコロナウイルスで先生方も大変な時期ですが、どうかお体を大切にしていただきたいと願っています。
ご連絡ありがとうございます。もう7年ですか、早いものですね。
いつの間にか、東京でがんばることになっています。
休校は子供さんにはストレスでしょうが、晴れない空はないと思います。
お体にはくれぐれもお気をつけください!
返信ありがとうございます。
覚えていてもらって、嬉しい限りです。
東京に居られると聞き、当時は先生が近におられたので本当によかったと思いました。
今は平成30年に4人目が生まれ、元気な四姉妹となりました。
先生もお元気そうで何よりです。
東京での指針が地方の手本ではないかと思うので、毎日モーニングショーなどを見て注視しております。学校が休校となった分、田舎なので野山を駆け回る機会が増え、のんびりと過ごすようになってきました。
これからもためになる記事を読ませていただき、勉強させていただきたいと思います。