双胎間輸血症候群のことばの意味
双胎間輸血症候群(Twin Twin Transfusion Syndrome: TTTS)とは、一絨毛膜双胎に合併する一種の症候群です。
症候群という語句は「ある病的な状態で起きる、さまざまな症状のあつまり」という意味で、この場合、一絨毛膜双胎に起きたある病的な状態を表す言葉となります。
「双胎間輸血病」といった表し方にならないのは、はっきりとした原因が不明で、それぞれの患者さんに引き起こされた状況が異なることがあるので、はっきりと一つの「病気」として位置づけられず、ひとくくりの様々な病的な状態を表す、ことが妥当と言うことで「症候群」としています。
つまり、今現在、双胎間輸血症候群といっているけれども将来的に詳しいことがわかればもっと細かな分類になることもあります。
TTTS(ここからは英語の略字で書きます)では、一つの胎盤を共有する胎児同士の間で、血流のやりとりが行われている状況で、なぜだかわかりませんが約10%の方におきる状況です。
一絨毛膜胎盤と吻合血管
胎児は、子宮内で胎盤によって成長します。
胎児から送り出された血液が、臍帯(へその緒)を通じて胎盤に送り出されます。下の図の青い血管が臍帯動脈で、臍帯動脈で送り出された血液は胎盤内で母体から供給される血液との間で、ガス交換(酸素や二酸化炭素の交換)や栄養分の交換を行って、臍帯静脈(赤い血管)を通して胎児に戻ります。
このように胎児は、自身の心臓のポンプ機能で胎児胎盤循環という血液の流れを作り出して成長します。
一絨毛膜胎盤の場合、二人の胎児がそれぞれ胎児循環を行っているのですが、上の図のように、ところどころ血管が繋がります。青から赤へ流れるもの、青同士で繋がっているもの、などがわかると思います。このような血管を「吻合血管(ふんごうけっかん)」と呼びます。
一絨毛膜の双子の場合、すべての場合で、胎盤に吻合血管があると言われています。
つまり、一絨毛膜性双胎の胎児は、自分だけの胎児胎盤循環を行っているだけでなく、お互いに血液のやりとりを行っているのです。
個人的な感想ですが、一絨毛膜の双子って、とても不思議な環境で成長するんだなといつも思っています。
TTTSとは
TTTSは一絨毛膜双胎の約1割に合併すると述べましたが、なぜ起きるのかは不明です。(この点については、私たち医学者が解明しないといけないことです)
原因は不明ですが、お互いの胎児の循環状態のバランスが崩れることで引き起こされると考えられています。
その結果、一人の胎児は「供血児(きょうけつじ)」(英語でDonor)、もう一人の胎児は「受血児(じゅけつじ)」(英語でRecipient)と呼ばれるようになります。
供血と受血ですから、なんとなく血液をあげる側、もらう側という感じですが、もともと原因が不明で、まだまだ何が起きているかわからない点が多いので、本当に「あげる」「もらう」で表していいのかは定かではないかもしれません。
いずれにしても以下のような変化が起きます。
供血児(donor:ドナー)に起きること
供血児は、循環血液量の減少や血圧の低下ということが体内で起きていると考えられています。
そのような状態になると体が反応して、腎臓の血流を減らして循環を維持しようとします。腎臓の血流が減ると、おしっこ(尿)の産生が減りますので、尿量が減ります。
胎児の尿というのは、羊水の大半を占めていて、尿が減るということは、羊水が減少します。つまり、供血児の入っている羊膜腔の羊水量が減少します。
循環血液量が極端に減少すれば、胎児は胎児胎盤循環というものを十分に維持できなくなります。そうなると残念ながら子宮内で心臓が止まってしまうこともあります(胎児死亡)。
受血児(recipient:レシピエント)に起きること
受血児は、循環血液量が増加し、血圧が上昇していると考えられています。
血圧を上げる循環作動物質というある種のホルモン値が上昇し、心臓のポンプとしての仕事量は増加します。また、全身の血管もある種のホルモンのため徐々にダメージを受けていきます。一方、腎臓では尿量をいつもよりもたくさん産生して尿量が増加します。
つまり、受血児の羊水は増加します。
心臓や血管のダメージがすすむと、次第に心臓のポンプ機能は障害されて、心不全という状況になり、全身にむくみ、胸水、腹水といった水分の貯留が起きます。この状態を「胎児水腫(たいじすいしゅ)」といいます。
この状態に至ると胎児の状態は重症となり、胎児死亡になることがあります。
TTTSになったら
TTTSになると、上の項で説明したように胎児は、それぞれが供血児・受血児として循環状態に変化を来します。
それと同時に母体にも変化が起きます。
受血児は、TTTSのために尿産生が亢進するため、どんどん羊水が増えます。
通常であればある程度一定に保たれるはずの羊水量がどんどん増加するため、子宮が大きくなります。通常は500-800ml程度と言われている羊水量が、2リットル、3リットルと増えることもあります。
このような状況が、妊娠16週から30週ぐらいの間に起きることが多く、そうなると通常の大きさよりも大きくなった子宮には陣痛(子宮の収縮)が引き起こされます。
まだまだ流産や早産の時期ですが、どんどんお産の方向へ進んでいきます。
つまり、二人の胎児がそれぞれ供血児・受血児としての循環状態の変化を起こす、ということに加えて、流産や早産の危険が高くなる、ということになります。
実際、全く治療もせずに経過観察した場合、二人の児が助かる可能性は限りなくゼロに近いと言われています。
TTTSの治療
TTTSの治療については、我が国では2002年あたりから大きな変化がありました。そのことを踏まえて解説します。
保存的治療
保存的治療というのは、ここでは「羊水除去」ということを表します。
どんどん進んで行く羊水過多に対して、このままでは流産・早産に至ってしまう、ということで行われる治療が羊水除去です。
お腹の上から細い針を子宮内に穿刺(刺すこと)して、たまった羊水を抜く方法です。
この方法は、他の羊水過多をおこす疾患でも行いますが、TTTSでも長年行われてきた方法です。
著者も十数年前までは、他に治療法がなかったため、この方法で子宮を小さくして流産・早産を防ぐ、ということに取り組んでいました。
しかし、羊水除去による治療成績は、「約半数の児が死亡ないし神経学的後遺症をもつ」という状況でした。
今でも、以下に述べる胎児鏡による治療法ができない状況、羊水過多を緊急に改善する必要がある状況では羊水除去は行われる方法です。
胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術
胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術(胎児鏡レーザー手術)は、2002年に我が国に導入された治療法です。
別名は、内視鏡的胎盤吻合血管レーザー焼灼術といいます。
この方法は、胎児鏡という約4mm径の内視鏡を母体の腹壁から子宮内に挿入して、胎盤の吻合血管をレーザー光線で凝固するという方法です。
1990年代になると欧米でこの治療が始まりました。我が国でもこの治療法をもたらすべく多くの変遷があり、2002年より本格的に開始されるようになり、今では保険適応となった治療法です。
この方法は、二人の胎児循環をつなぐ吻合血管を凝固し、循環状態を独立させる、ということを目的としていて、TTTSの根本的な治療と考えられています。
胎児鏡で観察し、Nd:YAGレーザーというレーザー光線を照射して血管を凝固する方法です。この治療法の導入によって、TTTSの治療成績は我が国でも世界でも飛躍的に改善しました。
TTTSの診断とは
TTTSの診断には、二段階が必要です。
1.TTTSとしての羊水過多・羊水過少の診断
2.TTTSの重症度を判定する Stage の診断
TTTSの診断基準
ここで述べるTTTSの診断というのは“あくまで胎児治療を念頭においた診断基準”ということが前提です。以下の基準に入らない赤ちゃん達はTTTSのような状況では全くないのかいえば、そうとも言い切れないというのが正しい表現でしょう。
そういう意味では、「重症のTTTS」「狭義のTTTS」の診断基準といっても過言がないかもしれません。
妊娠16週〜25週まで | 受血児の羊水深度が8cm以上
かつ 供血児の羊水深度が2cm以下 |
妊娠26週以降 | 受血児の羊水深度が10cm以上
かつ 供血児の羊水深度が2cm以下 |
TTTSの診断は超音波検査で行います。一方の児の羊水過多、他方の児の羊水過少の両者を認めれば、TTTSと診断します。
上の超音波画像では、左の受血児が12.5cmの羊水過多を示し、右の供血児が羊水がほとんどなく、羊膜で「パック」されたように胎盤と子宮壁の間に張り付いています。
ちなみにこのようにパックされたような状態を Stuck Twin(スタックツイン)と呼びます。
Stageの診断
Stage 分類としてよく用いられているものが、Ruben A. Quintero医師が提唱した、“Quintero分類“というものがあります。著者の留学時代のボスになりますが、供血児の膀胱が見えるか、胎児の重度の血流異常がないか、胎児水腫がないか、あるいは、胎児死亡に至っていないか、によって、Stage Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴと分類しています。
胎児鏡下レーザー手術の治療成績
具体的なデータの提示が望ましいと思いますので、著者が行って来た成績について以下に提示して説明します。
この成績は、2017年4月に、私と私の共同研究者によって論文発表されたもので、詳しくはリンクをご参照下さい。
ただし、論文の全文をみるには登録や費用がかかりますので、要約を解説します。
以下のようになります。
2003年から2014年の間に203人のTTTSの患者に対して、modified SQLPCV法という方法で胎児鏡下レーザー手術を行った。
手術後の平均妊娠延長期間は83日で、分娩週数は平均33週(23-40週)だった。
胎児死亡率は、受血児が4%、供血児が13%だった。
結果として、少なくとも一人以上の生存率は94%、二人の生存率は74%だった
つまり、約3年前までのデータになりますが、胎児鏡下レーザー手術によって、これまでの保存的療法である羊水除去とは異なり、
一人の妊婦さんが少なくとも一人のお子さんを得る可能性が94%、二人とも得る可能性が74%だった
ということになります。
また、胎児治療の手術について説明を行うとき、手術を受ける妊婦さんやそのご家族が気にされる点として、「産まれたお子さんのその後の経過」が挙げられます。
手術を受けた妊婦さんや産まれたこども達は、全国のいろんなところで生活されていますので、なかなかすべての患者さんを追跡することは出来ませんが、生存児に対する後遺症の可能性は、5%前後と考えられています。
つまり、レーザー手術が我が国に導入されるまでの治療成績と比較して大きな進歩がみられたということになります。
胎児鏡下レーザー手術はどこで受けられる
この手術は、我が国に本格的に導入されたのは2002年です。
2002年の第一例は、聖隷浜松病院(村越毅医師)で行われ、私も、山口大学にて2003年に手術を開始し、徳山中央病院、そしてその後は、川崎医科大学附属川崎病院(現川崎医科大学総合医療センター)で行っていました。
2015年からは東邦大学医療センター大森病院で治療を行っています。
なお、東邦大学では、私の赴任に伴い、2015年12月から胎児鏡下レーザー治療を行っています。
2022年12月の時点で、東邦大学で245人、経験したすべての手術数は670件です。
胎児治療が必要かもといわれたら?
東邦大学医療センター大森病院の胎児治療チームでは、「ふたごホットライン」を用いて、ご紹介いただく医療機関の医師からの相談を受けています。
医師からの電話は直接私や胎児治療チームが受けることが可能ですので、医師の方は病院代表、もしくは、ふたごホットラインを通じての連絡も可能となっています。
以下、北から(ほぼ)順に日本国内のレーザー手術の施設を紹介します(2022年12月現在の情報です)。
北海道大学病院
宮城県立こども病院
東邦大学医療センター大森病院
国立成育医療研究センター病院
聖隷浜松病院
岐阜県総合医療センター
大阪母子医療センター
山口大学附属病院
福岡市立こども病院
鹿児島市立病院