NT(Nuchal Translucency)とは
Nuchal Translucencyとは、‘nuchal=くび’+’trans=横断した’+’lucency=半透明’という語が合わさったものて、日本語では「後頸部透亮像」などといわれています。
つまり、“超音波断層像でみたときに胎児のくびの後ろがすけてみえる”ということを表した言葉です。水分が貯留していると考えられているので、“むくみ”と言われることがあります。
NTについては、以下に述べるように、近年の出生前診断への意識の高まり、諸外国における一律のスクリーニング、情報の氾濫などによって、「我が国ではかなりの混乱を生じるもととなっている」と言えるでしょう。
NTがあるのはおかしい?
NTに関して誤解されていることは、「NTがあるから病気だ、つまり、NTは見えないもの」といった認識です。言い換えれば、「くびの後ろにむくみがあるからおかしい」という誤解です。
誤解といっても多くは超音波検査を行った医師の口から漏れることばによって患者さんが戸惑ってしまうというのが現実です。
私は、“NTがあるといわれた”、あるいは、“くびのむくみがあるといわれた”、と心配されて受診された患者さんによく以下のような説明をします。
例えば咳をしたとしても、のどが単にいがいがしただけかもしれない、風邪の症状かもしれない、インフルエンザかもしれない、結核かもしれない、肺癌かもしれないですよね。つまり、咳というは一つの症状であって、咳自体がなにか病気である、ということを意味しているものではない。また、何も病気が無くても咳は出る。
同じように、“むくみ”があるとしてもそれは何かの症状であって、また、何もないときでもある程度は認められるものです。ただし、症状がひどくなる、つまり、むくみの程度がひどくなれば、何らかの病気の症状の可能性が高くなる。
というような説明をします。
つまり、NT(むくみ)が必ずしも胎児の病気である、とは言えないのです。
NTはなぜ測る?
NTは測らなければいけないものではありません。ただし、超音波検査で赤ちゃんを観察すれば、おのずと首の後ろのむくみは画面では見えてしまいます。
NTが計測されるようになってきた背景(我が国では計測は一般的ではありません)には、NTの厚みと胎児の染色体異常の可能性についての科学的なデータが発表されたからです。
イギリスの研究者が1998年にLancet誌に発表したのか以下になります。
この論文の中で、著者はNTが95パーセンタイルより大きい場合の赤ちゃんの染色体異常の有無についてのデータを述べています。
95%パーセンタイルという意味は、測定した全体の中で、95%を超えた、つまり、厚い方の残りの5%の範囲に入っているということです。その様な厚みを増した胎児の場合の結果が以下になります。
胎児の染色体 | 胎児数 | NTが95%tileを越えていた数 |
正常核型 | 95476 | 4209(4.4%) |
トリソミー21 | 326 | 234(71.8%) |
トリソミー18 | 119 | 89(74.8%) |
トリソミー13 | 46 | 33(72%) |
ターナー症候群 | 54 | 47(87%) |
三倍体 | 32 | 19(59%) |
その他の異常 | 74 | 41(55%) |
※95%tileとは、95%の人が入る値よりも高い値ということをあらわします。
つまり、この論文から読み取れることは、
- 正常核型の染色体の胎児では、95%tileを越えるNTだった胎児が4.4%だった
- トリソミー21(ダウン症)では、95%tileを越えるNTだった胎児が71.8%を占めていた
- その他の染色体異常でも、95%tileを越えるNTの割合はある程度高かった
ということになります。
また、同じ研究グループが2001年に発表した論文ではNTの厚みの程度と染色体異常などとの関連についてのデータが示されています。
ここではNTの厚みが増すことと染色体異常の確率についてのデータが掲載されています。
NTの厚み(mm) | 総数 | 染色体異常数(%) |
3.4mm以下 | 95,086 | 315(0.33%) |
3.5-4.4 | 568 | 120(21.12%) |
4.5-5.4 | 207 | 69(33.33%) |
5.5-6.4 | 97 | 49(50.51%) |
6.5mm以上 | 166 | 107(64.45) |
これらのデータから言えることは、NTが増すごとに染色体異常の確率がある程度上昇するということです。
しかし、例えば上の表で4.5-5.4mmの範囲の場合でも66.6%の赤ちゃんは染色体異常ではありません。
NTが厚い≠染色体異常(NTが厚くとも必ずしも染色体異常ではない)
ということになります。
NTのライセンスと測定の問題
NTの測定は、実は“相当に難しい”です。“難しい“というのはNTの計測にはかなりの技術と条件が必要になるからです。
私が認識している限りでのNTを測る条件は以下のものです。
- 胎児の頭殿長が45-85mm、もしくは、妊娠11週0日〜13週6日のときに測る
→それよりも前の時期に計っても意味はない - 経腹超音波断層像で測る
→経腟超音波法で計ったのは不正確な測定である - 正中矢状断(胎児の体を真ん中できれいに断面にした像)で測る
→これが相当に難しい - 確率の計算には、FMFのライセンスを得た医療者のみがソフトウェアを用いることができる
→ライセンスを得たものしか確率の計算ができない - 結論は、簡単に測れるものではない
最後の条件は私個人の感想になります。
NTを測定し、母体の年齢(正確には誕生日)を入力すると自動的に確率を計算するソフトウェアがあります。このソフトは、The Fetal Medicine Foundationという組織が配布しているもので、オンラインラーニングと撮像した画像のチェックをクリアした医療者のみがライセンス制で使用することができるようになっています。世界中の研究者が使用し、また、データのフィードバックによって膨大な量のデータから確率計算ができるようになっています。
ただし、現状では、「NTの測定のみで判断しているような状況ではない」
ということです。
実際には、NT、鼻骨の有無、胎児心拍数、三尖弁逆流の有無、静脈管血流波形などの「ソフトマーカー」というものを組み合わせて計算しているのが現状です。
このライセンスを得るのが難しく、正確な測定をしたと思う画像をFMFに送ると審査があり1年間のライセンスをもらえます。私も持っていますが、1年毎に更新が必用で、実ははじめてライセンスを取るときは計測が正確でない、ということで審査が通過しなかったことがあります。ちなみに本日(2018年7月13日)の段階で日本には151人のライセンス取得者がいます。
他には、鼻骨のライセンスが89人、静脈管のライセンスが76人、三尖弁逆流が76人といった具合です。
FMFのソフトウェアを用いた実際の計算
実際の計算を示します。
たとえば2017/6/18に、1980年1月1日生まれの37歳の妊婦さんに対して計測したときのデータです。
この時点で13週4日でNTが2.1mmだったとすると下記の結果になります
もし、NTが3.7mmだったら下記になります
Background riskというのは、年齢や人種などから導かれたもので、トリソミー21(ダウン症)のリスクは1/161となります。
ここにNTの計測値を入れることで年齢などのバックグラウンドではない修正された確率がでます。
NTが2.1mmだと1/530、NTが3.7mmだと1/6の確率となります。
このように、年齢だけでは曖昧な確率をNTという計測値を加えることで、より正確に計算しようというのがこの計測の目的になります。
NTにまつわる混乱
NTにまつわる混乱としては、
- そもそもNTを測定することが目的でなく超音波検査をおこなったらたまたまNTが厚く見えた
- NTがみえるだけで、むくみがあるから異常と言われた
- そもそもNTの計測方法が正確でない
- どこの医療機関でもできるわけではない
といったことが挙げられます。
1.超音波検査は、例えば胎児の心臓に病気がありそうだ、なにか形の問題がありそうだ、という「形の問題から胎児の病気を診断していく」という目的があります。
一方、NTの計測というのは、あくまでも“確率”という、非確定的な数字を算出するものです。特に染色体異常のあり、なしついての判断を期待していなかったにも関わらず、突然確率的な可能性を告げられるというのは、妊婦さん達に戸惑いを引き起こします。しかも、先に述べたように、厚いから異常、とは言えないということがあります。そのため、この検査は、その検査の方法や目的について、あらかじめ十分な説明を受け、同意された方のみを対象にすべきだと思われます。
2.医療者も何か心配なことがあれば、患者さんに告知します。ただ、NTがみえるから異常ではないので、余計な心配を抱かせてしまうことが時々起きているなと感じています。
3.NTについて何か告げられて、専門的な医療機関に受診された方の大半は、
「正確な計測法」ではない方法での判定されたために受診される
ことがあります。私もそういった経験を時々します。そもそも、我が国では、NTを測定するということは、一般的ではないというか、制度として決められたことではありません。現状では、すべての妊婦さんを対象にNTによるスクリーニングを行うことは導入されていません。あくまで、妊婦さんやご家族が自発的にこの検査を希望され、しかもカウンセリングによって、検査の目的やその意義を理解された方が受けることが望ましいと言えるでしょう。
4.非確定的出生前診断としてのNT計測は、カウンセリング体制、ライセンスを有した医師や超音波検査士、専門的な外来などの条件が揃わないと実行できません。計測も胎児の位置や向きによっては何度も何度もやり直すこともあって、繰り返し検査をすると数時間も要することがあります。そのため、一般的な検査ではないのが現状です。
NTや他の出生前診断の深層にあるもの
NT計測といった非確定的出生前診断によってある程度のリスクがある方は確定的出生前診断として羊水検査などによる胎児染色体検査を希望される方がいます。
これらの検査の根底にあるものは、「染色体異常があったときにどうするか」ということです。「出生前診断を希望します」ということの根底には「その赤ちゃんに何らかの病気が見つかった場合に妊娠の継続をどうするか」ということです。
また、染色体異常が赤ちゃんのすべての病気ではない、ということです。
「障がいがあるかどうか調べて欲しい」
という言葉も時々口にされることがありますが、大半の赤ちゃんには染色体の病気はありません。そして染色体の病気のない赤ちゃん達に何らかの病気が見つかることがあります。
また胎児期にすべてのことがわかるわけではなく、生まれたお子さんが育っていく課程でいろんな病気がみつかることがあります。つまり、染色体異常をターゲットにした出生前診断というのは、ごく一部の範囲について取り扱っているに過ぎないということが言えます。
正直なところ、赤ちゃんに障がいがあるかどうか、ということは到底わからないというのが現状です。
また、国によっては、制度としてNT計測をスクリーニングに用いているところもありますし、我が国ではそうではありません。国、主義や信条、体制など色んなことでこれらについての倫理的な課題は決まってくるので、一概にこうした方がいい、というものがないのが現状です。
そのため、産婦人科医の中でも、このことに関しては、千差万別の考え方を持っていると言えるでしょう。