安定期とは?
芸能人などの著名人が妊娠された場合に、「安定期に入った」という報道をよく目(耳)にします。
はたして、安定期とは何なのでしょうか。
長年、産婦人科医として周産期医療に従事していますし、医学生に臨床医学の一分野として産科学を教えていますが、「安定期」という語句は医学的にはありません。
産科婦人科用語集・用語解説集 改訂第4版(日本産科婦人科学会編)にも「安定期」という語句は掲載されていません。
そもそも妊娠期間を通じて、安定などありません。
このような解説をすると、とても不安に思われる方もあるでしょうが、そのために定期的な妊婦健診(妊婦健康診査)という制度があります。
なぜ安定期なる言葉が登場したのか?
詳しい経緯はわかりませんが、以下のことから作られた「造語」だと推察しています。
- 妊娠初期(妊娠14週未満)には、流産や子宮内胎児死亡のリスクがある
- 流産は、母体の年齢にも左右されるが、1−2割に妊婦に起こる自然現象の一つである
- 妊娠12週以降の流産を後期流産というが、その時期の流産の頻度は、それ以前よりも低い
- つわりは、妊娠10週頃が症状のピークで、その後数週間で落ち着くことが大半である
- 胎盤は妊娠14から15週頃までにその基本的な構造や機能が完成する
以上のことから考えると、流産にならなかった人、つわりが落ち着いた人は、だいたい妊娠14週頃以降の妊婦さんということになります。
一方、妊娠30週台になると、早産となることがあります。20週台でも早産しますが、早産する人の割合が増えてくるので、「30週台になると早産しやすくなる」という意識が出てくるのかもしれません。また、その頃には、子宮が相当に大きくなって、歩く姿勢も変わりますし、足のむくみ、腰痛などいろんな症状を伴うことがあります。
そうなると、妊娠14週頃から妊娠20週台の後半は、「比較的安定した時期」と捉えられたのかもしれません。
安定期になるのではなく、そもそも安定だった!
ある妊婦さんが、いわゆる「安定期」なったとき、「安定期なって安心した」「流産にならずによかった」という意識が働くかと思います。
ただし、医学的には、流産の大半はある意味防ぎようがないもので、逆に流産しなかった人は、そもろも流産しない状態だった、ということです。
つまり、「安定期」より前に、安定するまでじっとしておこう!と思われていた人も、そもそも何をしても何もしなくても、なにも起きるはずがなかったということが言えるでしょう。
残酷な言い方かもしれませんが、何も起きない人はもともと何も起きない、ということです。
そう、「安定期に入る」のではなく、そもそもその前から安定していたのです。
といっても、つわり、流産への不安、妊娠というもの自体への受け止め、等々、たくさんのことを覚悟しながらの時期を過ごすわけで、そういう意味では、全く安定できない日々は続くと思います。
安定期という誤解を理解する
芸能人の方々だけでなく、外来に受診される妊婦さんも、赤ちゃんが無事に育っていてほしい、無事に生まれてほしい、という想いは強いものです。
なので、「安定期になって安心しました!」と言われると、
「うーん、本当は安定期ってないんだけど」
と思いつつも、「経過が順調でよかったね」と言いながら、診療をする日々でした。
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