デング熱の流行と地球温暖化
「デング熱」という感染症は、感染症と言っても日本にいる医師には疎い存在だった(過去形)ことになるだろう。
丁度30年前に医師国家試験の勉強をしているとき、公衆衛生学分野の知識を覚えるときに、け出が必要な感染症を歌に合わせて覚えたのが懐かしいが、覚えた感染症の大半は、日本で医師をしている限り、ほとんど出会わないものばかりだった。
デング熱は、ネッタイシマカなどの蚊によって媒介されるデングウイルスの感染症で比較的軽症のデング熱と、重症型のデング出血熱とがある。デングウイルス感染症がみられるのは、媒介する蚊の存在する熱帯・亜熱帯地域、特に東南アジア、南アジア、中南米、カリブ海諸国であるが、アフリカ・オーストラリア・中国・台湾においても発生していて、海外渡航で感染し国内で発症する例(輸入症例)が増加しつつある。
なぜ、今、こんなことを書いているかというと、日本の大半は温暖湿潤気候(温帯)であるが、現在、東南アジアを中心とした熱帯地域ではデング熱が大流行しているからだ。フィリピンでは沢山の死者が出ているし、周辺地域のベトナムやシンガポール、マレーシアでも流行している。
地球温暖化で、日本も徐々に熱帯に取り込まれるようになれば、蚊が媒介するデング熱は、輸入症例ではなく、地域発生の感染症として大流行する可能性がある。
デング熱には、ワクチンもなく、ウイルスに効果的な薬剤もなく、対症療法での治療法しかないので、困ったことになるだろう。
妊娠とデング熱
感染症が流行すると、どうしても妊婦さんやこれから妊娠を考えている方々は不安になる。風疹、トキソプラズマ、サイトメガロなど、目に見えない病原体というのは、余計に不安になる。
では、妊娠中にデング熱にかかったらどうなるのか、調べてみた。
The Lancet Infectious Diseaseに2016年に掲載された論文で、メタアナリシスという手法で、多くの研究結果を集めて分析した手法のため、信頼度の高い研究になる。278の論文から107編の論文を抽出し、その中から今回の解析に用いたい16のシステマティック・レビューの論文を選考し、最終的にその中の8編が今回のメタアナリシスという手法にふさわしいとされた。
6071人の妊婦さんの中で292人が妊娠中にデング熱を発症し、それらの影響を調べた結果は以下のようになっていた。
- 流産率が、3.51倍(だが統計学的有意差なし<p=0.765>)
- 死産率は、研究とされた論文が少なく結果はでなかった
- 早産率は、1.71倍(だが統計学的有意差なし<p=0.058>)
- 低出生体重児の出産率は、1.41倍(だた統計学的有意差なし<P=0.543>)
この研究結果から言えることは、「デング熱は、流産・早産やそれに伴う低出生体重児の出産に、関係しているかもしれない」ということであり、デング熱が妊娠に対して、悪影響を及ぼすとは言えないという解釈になるだろう。
ちなみに、別のグループが2017年に報告したメタアナリシスでは、「影響はない」と結論づけており、デング熱を発症したことで特別に心配が増えると言うことにはならないといえよう。
なお、妊娠中のデングウイルス感染が胎児奇形を引き起こすという報告はみあたらなかった。
コメント